第10話:テーマを持つ日本史
〜古代の女性史(2)〜
 −平安時代の女性たち−


 
 4月になりました。ようやくあたたかい日が続き体を動かしたくなる季節になりました。長かった受験生活にオサラバできた人も、これから受験生になる人もそれぞれの新しい生活をどう過ごすか計画を立ててください。


 さて、女性史の3回目です。主に平安時代の女性たちを扱うことになりますが、わかっているようでもう一つわからないことが多いのです。例えばこの時代の貴族の住まいである寝殿造だってそうですし、私たちと同じ庶民の女性なんてことになるともうさっぱりという状態です。もちろん、「お前の勉強が足らん!」とお叱りを受ければ、「ごもっともです」と答えるしかないのですが、今ひとつはっきりしないのです。その点は初めからご容赦願うことにしたいと思います。


 ところで、平安時代の女性たちといえば、清少納言と紫式部というのが定番です。しかし、ここでもうわからん!!ということになります。だってそうでしょ。こんなコト考えたあります?「清少納言や紫式部の本名は何っていったか?」ホラ、途端に?(クエッションマーク)でしょ。私がわからんといっているのはこういうことなんです。

 まず清少納言。父は国司クラスの中下級貴族で清原元輔。橘則光、後に藤原棟世と結婚したことや一条天皇の中宮定子に仕えたことはよく知られているのですが、肝心の本名はわかりません。彼女の代表作である『枕草子』は、橋本治さんの『桃尻語訳枕草子』(上中下3巻)がありますから是非読んでみてください。数ある現代語訳のなかで私はかなりのスグレものだと思っています。

 かたや紫式部も同じ。父は漢学者藤原為時。藤原宣孝と結婚し、女の子が1人生まれたものの夫が亡くなったことや、中宮定子のライバル彰子に仕えたことはわかっていても本名はわかっていないのです。なお、『源氏物語』の方も橋本治さんの現代語訳があります。

 それで、彼女たちの本名ですがわかりません。何故そうなってしまったかというと、女房名という女官特有の名前が一般的だったからだそうです。清少納言と紫式部は大変なライバルだったようで、紫式部は清少納言について、「清少納言こそ」と記しています。(「こそ」というのは強調です。古典文法を思い出してください。)


 この時代の貴族の婚姻は、妻問い婚でした。つまり、家は母から娘(とその夫)さらに孫娘へと受け継がれていくことになっていました。『源氏物語』をはじめとするこの時代の文学作品にはこのあたりの状況が描かれています。

 もう少し詳しく妻問い婚について触れると、男性は結婚してからもと女性(妻)の家に通う結婚形態でした。平安中期以降になると次第に婿取り婚という夫が妻の家に住み着く夫婦同居に変化していくようですが、同居する場所は妻の家ですから、女性の地位が高いことに変わりはありません。ですから財産は妻と娘に譲られるのです。

 一口に結婚(婚姻)といっても今とは全く違った意識だったはずで、男は妻の家で子どもと共に同居しているのですが、妻の家を出てしまえば結婚は解消されたことになります。逆に同居を解消した女性の元に新たに別の男がやってきて同居をはじめれば新しい結婚が成立することになります。


 もう一つわからないことがあります。寝殿造の中での生活というものです。住居の歴史ということに不案内な私がどうこういうことはできないのですが、寝殿造は、要するに板間での生活ですし、障子や襖などがないだだっ広い空間があるばかりでした。ですから、『枕草子』にもあるように冬は大層寒かったに違いありません。

 しかも独立した部屋というものがさほどなかったようですから、プライバシーなんて守られたかどうかわかりません。つけ加えになりますが、私たちが住んでいる障子・襖・畳が敷きつめられた状態の家になるのは室町時代以降のことですから、大変さは理解できると思います。

 さらに、私たちが毎日入るお風呂は寝殿造には多分ありません。というより入浴の習慣があったのでしょうか?
 ということは、少し考えてみていただくといいのですが、貴族の女性は長〜い黒髪・十二単を身につけているのです。お風呂はない。風邪をひいて1、2日お風呂に入れない状態をイメージしていただけるとわかるはずですが、髪はかゆくて何となく気持ち悪い状態、しかも他人はそういわないのでしょけど、何となく体臭がするような気がしてならない状態が平安時代では普通ということになります。
 もっと極端にいいますと、平安時代の男も女も臭かったはずだ、ということになります。


 そういえば、この時代の文学作品を読むとやたらと「お香」を炊くシーンがありませんか?何故なのかようやく気づいていただけると思うのですが、貴族であれ庶民であれ、少なくとも毎日入浴することはできなかったはずですから臭うのです。体臭が。

 そういう状態で他人が彼ないし彼女を訪ねてきますヨネ。まして、ラブラブの相手の所に夜、お忍びで秘かにやってくるわけです。そんな時、今でいえば「餃子2人前+ニラレバ炒め」を食べた後の彼女の部屋に彼氏がくるというシチュエーションを想像してみていると良くわかるはずです。彼女の方はそれこそ「ヤッバ〜!!」てことで慌てるはずです。

 これとおそらく同じじゃないでしょうか。そこで登場するのが、「お香」というわけです。CMじゃありませんが、「くさい臭いは元から断たなくっちゃダメ!」ってことです。香水にしろ「お香」にしろにおいでにおいをごまかしてしまう効果があります。そう考えるとよく電車なんかで香水の臭いがプンプンしていることがありますが、必要以上に自分の臭いが気になるのでしょうか?それとも「シャネルの何番買ってんで〜」とわからせたいのでしょうか?といっても、「お香」も同じらしくって「伽羅」という「お香」の原料なんて奴は高いものならウン十万円はザラというものもあるそうです。


 ということで、女性史本題からずいぶん離れてしまったのですが、当時の女性のことからいろんなコトが考えられるでしょ。誰か時間に余裕のある方は私が「わからん」といったことを調べてみてくださるといいのですが…。